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≪アーカイブ・トップページ≫ ご挨拶 2016.1.25

ようこそ株式会社東洋石材公式ホームページにお越し下さいました。1月も下旬に入って参りました。お正月はいかがでしたか?

 さて、私どもの国日本はもともと神の国で後に聖徳太子の世に仏教を取り入れた珍しい国です。 祭りも多くお正月から大晦日の間に毎月のように祭事が暦にのっています。 ことしは新年早々スキーバスの事故もあり、夢多き若者が15名も亡くなりました。命を落とされた方にはご冥福を、家族の皆様にはお悔やみを申し上げます。 まさに私たちの日々の営みの背後には常に落命の危険が潜んでいます。 交通機関に携わる企業は大切な人々の命を預かって仕事をさせてもらっていることの厳しい再認識が必要かと思います。

 さて人はなぜお墓を作るのでしょうか。大きな命題ですがどうお考えでしょうか。墓は日本でも縄文期にはすでに存在して各地に遺跡として発見されています。それは希望の灯りのようなでもあり、生前大切にして下さった方の亡骸を放置しておられない肉親の情がお墓を建てようとする行動へ誘うのだと私は思います。 (埋葬方法は古来より土葬が主流で来ましたが今は大戦後火葬が増え現在は99%が火葬だそうです。) お墓は古代より私たちの心の拠り所であったと私は思っています。神仏混交の日本社会ですが、私どもの肉親が眠るお墓はファミリーにとって入学、卒業、就職、結婚出産、など何か事あるごとにご報告する場でもある訳です。身近にお墓があることは無形の心の安らぎを墓を建立した人や家族に与えるのだと私は確信しております。

 仏教徒のお墓としては都内の寺院墓地を私どもはご紹介しています。寺院墓地は都心にあり立地には最高ですが、お寺の付き合いがどうも。子に負担を掛けたくない。というお声をよく耳にします。お寺の諸経費は和尚夫妻の性格や檀家数などによるものです。住職も人ですので中には常識に欠けた方もいます。良識欠ける寺の墓地を求めること自体論外ですが。。一方良識ある和尚のおられる寺院は法事や先祖供養がワンストップで行えるうえ善良な寺の人達やお仲間に会える楽しみがあります。 (ご自分で探してみるとお分かりですが善良な和尚のおられる寺は簡単には見つかりません。お寺は建物だけでも、家からの距離でもありません。寺の経営・維持にあたる和尚の人々に対する姿勢の良否なのです。善良な和尚に出会うための情報はそれ故とても重要な事です。 残念な事にそのようの情報誌もありません。安易に家から距離が近いと言うだけでは駄目なのです。 またお寺の墓地の維持面では墓地は常に掃除されています。霊園はご自分でお墓の草取りしなければならないことになっています。 ここでご紹介する寺院は選りすぐりの寺の為多くはご紹介できませんが後継者のいる方もいない方もお求めできます。 なによりも長年のお付き合いで良識ある和尚さんの寺であることを承知していますので安心してお求めいただけます。(その証として求めた方からのクレームもございません、皆様にお喜び頂いております)  お時間を作って頂き、是非私どもの推薦する墓地を一度ご見学頂ければ幸いです。 

お寺は亡くなったご先祖や肉親のあの世での幸せを願う追善法要をされたい人には最適です。ほとんどのお寺は法事の後、皆さんが精進落しや懇談できます客室(ゲストルーム)を持っています。

どうぞご遠慮なく私ども利用して頂き、ことしこそ良い墓地を入手して安らかな一年を築きますよう心より願って止みません。

≪アーカイブ・2ページ≫ ご挨拶 2016.2.06

ようこそ株式会社東洋石材公式ホームページにお越し下さいました。

 立春を迎えました。年末からの暖冬でしたが1月は急に日本海側や東北・北海道は豪雪になりました。気候の乱高下が北半球に起きています。 松下幸之助翁がいっておられます。人生山もあり谷もある。頭で知ることも大事だが、身をもって知るということが何よりも大事、窮境は身を持って知る尊いチャンスではないかと。【一陽来復】災いを転じて福となす。暗雲に一筋の陽が射しこんで、再び春を迎える力強い再出発への道が開けると。困ったとき、迷った時など祖父母や父母のお墓参りをします。公務員、民間人を問わず特に人々を導く任にある方は良くお墓参りを致します。心が落ち着くのでしょう。心落ち着けば断を下すときにぶれません。

30日天皇皇后両陛下はフィリピンの戦没者慰霊の旅からもどられました。昨年のパラオ諸島における慰霊の旅につづく今回のご旅行も望まれての行動であると報道は伝えております。ご公務大変お疲れ様でございます。

霊がおり、慰霊したり受けたりする場所がお墓です。お墓のスタイルとしては大地に眠る墓が自然で素直な墓です。 都内にもまだ良い墓所がございます。亡くなった人の冥福を願う仏教徒なら良識に充ちた和尚(これがとても大事です)のおられる寺を、神道や、キリスト教徒の皆様には公立霊園・民間霊園をお勧めします。

どうぞよい墓地を見つけられて、一日でも早くご安心の日々をお過ごしください。


謹白



平成28年2月6日

 

―「生老病死」の四苦から人々の解放を試みた釈迦如来―

お釈迦様は「生老病死」の四苦から人々を解脱させることを試み、それも修行者個人だけ(小乗)の解脱でなく、一般の人々の解脱(安心・やすらぎ)を大乗的に解き明かした方です。

―大震災と津波と原発事故の三大苦の中で―

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悲しい3月11日、東北・関東大震災は復興の途につき始めたばかり、まだ原発事故は現在進行形です。この日多くの人が犠牲になり、多くの財産が消滅した。歴史的大惨事の中、私達日本人は世界から賞賛される気質と礼節を持っていることが海外から証明された。単一民族だからとも言われていますが、助け合いの精神は(古来からの地域の繋がり、コミュニケーション、悪いことをしたら村八分なんて言葉も残っていますが)地域社会を大切にしてきた日本人のDNAが大惨事で呼び戻されたのだと思います。家もお墓も集落も学校も、病院も役所も相互に補完しあってコミュニティーが成り立っていることが証明されました。これらの一つでも欠けてくると集落の維持が不安定・危弱になることが証明されました。 大阪の建築家、安藤忠雄氏は私の尊敬する人の一人ですが先ごろNHKTVで司会者の質問に、こう答えていました。 戦後日本人は一生懸命復興のため家や地域を犠牲にしてがむしゃらに働いてきた。家を離れ仕事につき、地域の繋がりを切り生活したため、弱さが露呈したと。今回の地震と津波にほとんど命を落とさなかった三陸の小さな部落がある。部落民の心がいつもひとつになって、普段からの避難訓練などしていた為にほとんどの部落民が命を落とさなかった。 お墓も、各家々の心を統一させる力があります。家々は他家との連鎖で繋がり集落から部落となり町へとなる。私たちは核の連鎖反応に負けない人々の心の連鎖反応を築いてこの困難に立ち向かいましょう。 お金は天下の血液のようなもの、滞れば持っている人も最終的に被害が及ぶものです。 この東京以西が普段以上に元気にならないといけないと私どもは考えています。 お墓を建てましょう。建てなければならない人も多いはず。 戦後焼け野原の東京にも貧しい兄弟、姉妹がお金を出しあって父や母のお墓を建てました。お墓は本当に家の心の核(コア)を作ります。敬虔にご自分の先祖にお祈りできる場の確保です。 立ち直らせましょうこの日本を。 がんばりましょう。おたがいに。

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※震災後咲いたたんぽぽ。生命力強い野草に託し東日本の復旧復興を願う。


―社会的歪が顕著になってきた日本,脱却しなければ良い未来はやってこない―

仏教が生まれて2500年、平成の年号も28年となった日本にはさまざまな社会の歪(ひずみ)がでています。教育界の中や、年金不正使用の厚生省職員、証拠捏造の検察官、殺人事件の多発、子ども虐待、学級崩壊、新型の病気の発生 自殺者年間3万人が続き、毎日のように電車で人身事故が起きている。 とてもこれまでの常識的考えが及ばない、不安定な世の中となっています。別の項でも述べましたが、自分の親が隣の部屋で白骨化するまで放っておく70歳過ぎの子供。 お年寄りが暮らしにくい世の中もあるのでしょうがあってはならない事件です。 監督官庁もよくチェックすべきだと感じます。
*山で道に迷った時は迷っていなかった場所まで戻るという。孫や子たちに正しい教育をしないと理想の日本の姿にならないだろう。

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   真言宗のご本尊: 大日如来(盧舎那仏)太陽・光の仏様 
   宇宙そのものと一体している如来様。その光明が遍(あまね)く照らすという


―仏教は人間を救えるのか、仏陀の教えで救済されたい―

私どものこのひずんだ世の中を、仏教は救えるのかどうかというところに今後の仏教がたどるべき道があるでしょう。末法の世と言われ続けて既に千年以上たった今こそ、仏教に携わる多くの方々のお力によって病んでいる人々を救い、真の幸福と平和へと導いて欲しいと願う。 私どもも真の幸福とは、真の平和とは悟る努力も怠ってはならない。


―お寺も見られている―


お寺も檀家に観察されつつある世の中です。昔と違い、皆高学歴です。一般の国民、皆さんにその行動を見られています。
お寺を選ぶのは国民側の時代になってきているのですから、お寺は困窮者に暖かな救いの手を差しのべて下さることを願います。
人々を救い幸福への道しるべとなるお寺がこれから求められ、そして救われた人々の力によって興隆していくことでしょう。私どもの努めは、そのような寺院を皆様に責任もってご紹介することであると心からそう思っています。

―常に悩みがあるのが人間である、最愛の者の幸せと私への加護を祈る―

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※墓前でひたすらお祈りするご婦人。人は心配を持つ生き物。一番に私をお守りくださいと祈願するは他界した恋人、夫、妻、父母、祖父母である。

―ご先祖を敬う心が祀りとなる―
ご先祖を祀るにも、また最近他界した故人の冥福をお祈りし、祀ることも残された人の気持ちがなくては始まりません。残された人が経済的、社会的にも苦しい時のほうがお祈りし、生活は粗末であってもご先祖を祀ってきた。今不景気とはいえ昔よりは経済的には幸せになってはいるがデフレや、家族関係に歪が多い世の中、精神的には貧しい世になってきている。精神的に貧しさを抜け、ご先祖様ありがとうといえる世をつくりましょう。 街が、地域がシャンとしてきます。 ご先祖祭りも意味を昔のように復活すると思います。


―祀りごとの興隆は国の興隆につながる―

祀り事の興隆は国の興隆にも大いに関係します。切なる願いが必要ですし、白けていては祭祀は廃れます。
老人を大切に、若者はお年寄りに敬意を持って接し、先輩のご苦労した経験を我が身に投影し、不測の時に先輩の知恵を拝借する。親と共に生きている間は短い。感謝の気持ちは親が他界しても持ち続ける、これが先祖供養の下地になると感じます。


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※大木の根。根が張るから幹や枝を支えられる。お墓は家族の心を支える。

お墓は家族の根―

30年近くこの仕事に携わってきてつくづく感じることは、お墓は家の根であるという事です。お墓を含め、なにか人が行動に移すということはその対象に有意義を感じ、行動力の核になるまで共鳴したからに相違ありません。お墓とは元来素朴な気持ちから生まれくるものだと思われる。

―お墓を作ることはご自分への労りなのです―

お墓作りは、亡くなった方への追慕であり敬意であり、何よりもご自分への労わりなのです。信仰心も大事ですが、もっと根底にある肉親への情がお墓を作ろうとする原動力になると思います。目を閉じ、そして心の耳を澄ませば、懐かしく楽しかった家族の思い出が浮かんできます。

―お墓は心の癒し、離別のショックからの立ち直りが早く、元気が戻ります―
お近くに墓地を求めてちょくちょくお墓参りするとご先祖や、亡くなった家族がいつも見守ってくれているようで寂しく感じなくなり、どんどん元気になっていきます。

ぜひ良い墓所を手に入れて、楽しい人生をお送り下さい。


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