お客様エピソード
心に残る人々の証言。
EPISODE 01

■元特攻隊員だったお客様。
1945年8月下旬、私はニュウギニア近くにいた。突然無線が入り上海まで戻るようにとの指示であった。私は上海に向け飛び立った。上海のある空港に着陸。街が騒がしくそこで初めて日本が戦争に敗れたと知った。 『大本営はひどい。 前線の兵士には敗戦の通知一本くれなかったのだ』とおっしゃった。
そこで「下士官2名、搭乗員1名ここで降りられる者はおるか」と言われ、私は挙手し軍用機を降りた。階級証から見て相当上級な将校数人が代わりに機に乗り込みすぐ離陸し、九州に向けて飛び去った。後に聞いた話だが私が降りた機はその後グラマンに追尾され撃墜されたそうだ。人の運命はわからない。
伊藤さん特攻隊員は世間で言うほどジメジメしてはいないよ。あなたは相手から左ほほを殴られたら相手のほほを殴り返すでしょう。喧嘩なんだから。
離陸時、一瞬父母や、友達、先生の顔が脳裏に流れるが一旦敵艦に会えばすべて忘れてしまう。
猛烈に対空砲火を浴びせてくるのだから。何とかやっつけようと必死に攻撃しようと思うだけ。
-尊いお話をお聞きした私は戦争は知らない世代。でも親達は経験していましたので良く話は聴いて育った。 戦争に負け、戦前がすべてよかったとも言いませんが、日本の将来の為に命を落とした若者達、原爆や空襲などの戦火で亡くなった人々を参拝することは靖国に限らず何れの所でも、他国にはばからず正々堂々と行えるようになればよいと思っています。 (原爆投下を正当化している米国もとうてい理解できない。そう言えばいいのですが言えないのが現実)。 個人もそうですが、国も国民の祭祀についてクラクラ迷っているとブレてきます。日本人の祭祀は誰のものでもない日本人のものですから。 亡くなった方々に心から哀悼の意を捧げるのは当然のことだと思います。-
新宿区内の浄土真宗のお寺をご紹介
神田神保町ビジネスビル オーナー
EPISODE 02
■私は非常に名誉ある主人の妻ではあるのですけど、夏にはお中元を、冬にはお歳暮を丁寧に返却するのに苦労します。
「主人が開業医であったなら良かったのにと思う時がありますよ。」と野良猫ニャンを我が家の猫同様可愛がる素敵な奥様。
ご紹介しましたお墓を大変お喜びくださいました。
《20年程前にお墓をご購入 杉並区元東大附属病院院長夫人》
EPISODE 03

■「早稲田の学生中に志願して海軍航空隊に入隊、教官・大尉として残リました。 終戦記念日が来ると胸が痛くなると言われました。私の教え子達の多くが戦死しているのですから。 遺族に会うのがつらい」とおっしゃっていました。
『最後の神風特別攻撃隊』という題名の本を頂きました。湯島天神の氏子でもある方で、私の結婚式場を湯島天神に指定して下さり、宮司に引き合わせて頂きました。この方はビールが好きですがトイレにはなかなか行かない人でした。飛行機乗りはその様にトイレは訓練してきたとのこと、信仰が神道のため原宿にある寺院から改葬しました。 長州出身のご先祖はお偉い方で、明治天皇の先生(待講)だったそうです。丸い直径80cm位のこげ茶色の骨壷に爵位を固辞した明治天皇の先生は眠っておられました。
《杉並区在住の会社役員の方》
EPISODE 04

■「空母赤城をミッドウェイで沈めてきちゃったんですよ。」と苦笑しながら、
「多くの戦友が亡くなったんですがかろうじて生き残りました。」とご自身の運の強さを謙虚におっしゃいました。
今では生き証人だということで学校などで子供たちに話して欲しいと講演を良く頼まれるそうです。
軽度のアルツファイマーの奥様を献身的に介護される良きご主人。
元会社役員の方。
新宿区の寺院に十数年前に墓地を確保、2010年お墓を建てました。
EPISODE 05
■都営霊園が当たったのに福島の本家が遺骨の証明のはんこを押さないでキャンセルされた方。
お墓を2つ作らなければ。「一つは私のため、もう一つは別れた妻の実家の墓を」と優しいお父さんは実の娘と仲良く二人暮らし。私のお墓は霊園なので霊園業者に発注、もう一つの板橋区内の奥様の菩提寺での墓工事を私どもにご注文くださいました。 お父さんはとても幸せです。可愛い娘と一緒に暮らしているのですから、娘さん曰く、「下手な亭主よりずっとお父さんの方が良い」とのことです。
《元警察官の方》
EPISODE 06

私は警察官だったんですよ。交番に立って人の流れを見つめているうちに段々解かってくるんですよ。悪い人間かそうでないかが。一年も立っていると挙動でスリや、泥棒などが見分けられるようになるのだとおっしゃる穏やかなお年寄りでした。
神奈川県に菩提寺をお持ちの地元の方
EPISODE 07
主人は小さな会社を経営していました。私達には子供ができなかったんです。でも私が元気のうちはお墓参りがしたいので、とご主人思いの奥様。子供がなくてもご自分の為にお墓をおつくりになられた方。作ることができる方はお墓を作るに越したことはないという見本みたいな方です。子供が反対して作らない人もいるのですが、その子供もいずれこの世からさよならする時も必ず訪れるのです。最後まで面倒みるのはお寺ですから、お寺が墓地をお分けしますよと言って下さったら他に何も気に掛けることは不要なのです。そこを見極めましょう。
江東区から新宿区の日蓮宗の墓地を求められました。
EPISODE 08

「うちの父は街では世話好きでした。人の為に信金に掛け合いに行ったり、パチンコも含め、丸いものが好きでした。ぜひ丸いお墓をつくってください」と、お父様からとても可愛がられたお嬢様は病気の母に代わってお墓を建てられました。旦那様も後方支援。父には生前、『お前にはできた旦那だから決して離婚するな』と釘を刺されたそうです。
わたしは暫く脳内を模索、さっとイラストしたものが丸いお墓となって今不思議な迫力を墓地内に放っています。ご覧になりたい方は会社にお越し下さい。
《北区・王子にお住まいの奥様。荒川区墓所を4年ほど前に求められました。》
EPISODE 09

「主人は広告会社にいましたのよ」とおっしゃった奥様は50歳すぎのご子息と共に来社くださいました。ご契約いただきましたのでお名前がわかり、インターネットで検索するといらっしゃいました。
江戸文化の本や日本の広告史を出版されたご主人。慶大卒業後、日本一の広告会社に勤務されていたとか。 一冊購入しました。昔のタバコ会社の宣伝合戦が面白い本でした。奥様は区長さんや地元の著名人との交流が多い社交家の方です。「近くてよいお坊さんのお寺を紹介してくださってありがとう」と感謝してくださいました。
仕事冥利を感じ嬉しかった。 私どものつたないDMで広告会社部長のご家族がお越しになりました。いかに真心持ってコミュニケートすることが大切であるか、痛感しました。
北区在住の奥様
弊社近くの寺院墓所を求められました。
EPISODE 10

「最後の江田島卒業生でしたよ。」と言われた方は生前建墓。「今までこの女房が反対しててね。友達が段々と亡くなるのを見てやっと最近墓地を買うのを許してくれたんですよ」、とおっしゃいました。とても奥様思いのご主人です。
戦後中堅の自動車メーカーに勤務され、復興期日本の家庭に「一家に1台」を目指し、「スバル360」を開発されたとのこと。
以前どこかでお会いしたような気がしたのでひょっとして、(そうだ、TVかもしれない)と思い、
「失礼ですがNHKのプロジェクトXにお出になりませんでしたか。」
と尋ねますと、ニコニコして「出ましたよ。あれは面白い番組でした。」とお答えくださいました。
戦前・戦中、日本女性の憧れの男性は江田島の海軍士官学校卒と私の母から聞いたような憶えがありますが背すじが伸びた、姿勢の美しい堂々とした謙虚なお人でした。
「ご長男にこちらを求めることを伝えなくて大丈夫ですか。」という問いに、「お参りに来る来ないは後の者の考えですから」と、いともさっぱりした返事でしたが、ご長男の住まいのある新宿区にそっとお求めになられる親心を感じました。
(臨済宗の和尚さんも同じようなことを後日言われたので、別のところでも紹介しています)
新宿区内にお求めされました。
EPISODE 11
「その方は工場長をされていた上司ですよ。社内では雲上人ですよ。」と。
後日、お墓を豊島区に建てられた方は早大卒。勤務先が同じ富士重工業の方でした。「私はレガシイの設計担当でした」とおっしゃっていました。
ご縁は不思議です。三重県ご出身の方で三重の菩提寺のお墓を解体し、東京までご両親のご遺骨を搬送しました。日本は本当に高速道路網が整備していると痛感しました。日帰りで作業が出来ましたから。
別のお話ですが、茨城県に墓地を求めた方で前職が東大病院看護婦長さん。婦長時代の院長さん宅のお墓を私が作ったことを知りお互いびっくりしたものです。
EPISODE 12
縁の不思議、私の母親を知っている方が新宿の日蓮宗寺院のお墓を求めにきました。お墓は求めては頂けなかったのですが、女学校卒業後独身時代の母の話を同郷の方から聞くのも不思議なご縁だと驚きました。 (このお寺のお上人には可愛がっていただき感謝しています。門柱、日蓮聖人のブロンズ像、本堂回廊や境内タタキの御影石工事をご注文くださいました。) 東西線早稲田駅徒歩2分くらいのきれいなお寺です。まだ少し墓地がありますのでご紹介できます。
EPISODE 13

築地のお寺に主人の遺骨を預けていると伺い、「私は神道だから、どのお寺でも受け入れてくれるならいいわ」とおっしゃられた、とても言葉のきれいな奥様にご紹介したのは、会社近くの日蓮宗の寺院墓地。
住職夫妻も優しい方々で、この奥様はお墓をお求めになってくださいました。(築地のお寺だと築地本願寺かな)と思っていたところ、日蓮宗のお寺でした。ということは、ご主人にとってはピッタリの宗旨であったこともご縁を感じ、びっくりしました。(戦時中は女学生で、中島飛行機で勤労奉仕をされたとのこと)
お年を召されても変わらず美しい言葉使いと高い品性をお持ちで、今ではなかなか見つからない日本女性の美を感じます。原節子、司葉子、高峰秀子さんなどと言った往年の銀幕の女優さん方にはいらっしゃいましたが。 「この辺でどこのお料理屋さんが美味しいの? ご存知?」と質問があり、お教え致しましたら、ご納骨式のあと遅い昼食をご招待して下さいました。
お酒が結構いける方で、お料理も美味しいと言って下さったので安心しました。お元気でいて下さいネ。
《東京中野区・元会社役員の奥様・私は神道だから是が非でも霊園とは言われませんでした。》
EPISODE 14
「伊藤さん、『アイスクリームの天ぷら』食べたことある?」
まだまだ駆け出しの頃、墓地を案内し終わった後、質問して下さった戦後有名な歌手のお姉さま。(弟様には<白い花の咲く頃>という持ち歌があるそうです。)「ニュースで聞いたことはありますが食べたことありません」と申し上げると、「じゃお昼にいかが」とお誘いくださった。
当時中野丸井の9階辺りで『アイスクリームのてんぷら』と他のてんぷらランチをご馳走して下さいました。すてきな弟さん思いのお姉さまでした。お元気でしょうか?
東京・中野区で。
EPISODE 15
この方も80才過ぎて泳ぎが大好きな素敵な奥様。高齢者日本記録もお持ちとか。たまたま寺院をご紹介したのですが親戚が反対したため、都の谷中霊園を応募して差し上げたら当選されました。
お子様が居られないのが残念ですが、いつまでもお元気でいて欲しい方です。叙勲されたご主人のお骨壷にご自分の写真を貼り付けていた深い愛情をお持ちの奥様です。
《東京都台東区、都立谷中霊園が当選した素敵な元仙台高裁判事の奥様。》
EPISODE 16

『私は欝なの』と素直におっしゃるので、私も素直に欝が直った経験をお伝えしたら大変お喜びになりました。素直の効用と思います。癒しの音楽(CD)があったので差し上げました。お線香は立ててお参りしたいと言われたので、10cm四方のみかげ石で小さなお線香立てを2つデザインし、特別にあしらえて差し上げました。できる限りのお客様への意向を汲んであげたいというのが私どもの考えです。お墓ができご納骨式を終えたあとはお彼岸なのにお墓参りしていないとのこと。「一人では歩行が難しい」とおっしゃいましたので、時間を見つけお墓参りに連れて行って差し上げました。こうなるともうお友達みたいです。
(道元禅師の言われる布施のほんの少しの実践。)最近のお話。
新宿区神楽坂の曹洞宗のお寺にお墓を求めました。
(この寺 新宿区の曹洞宗・竜門寺にはまだ南向きの墓地が10区画ほど手ごろな価格であり。)
EPISODE 17

「縁を大切にする」あれは2010年4月8日の夜でしたか、中曽根元総理がNHK・BSでアナウンサーのインタビューに答えておられました。
91歳なのに背筋も海軍仕込でシャンとされ、今なお国家の行く末を案じておられることに敬意を表します。手帳にご自分のモットーとして『結縁、尊縁、従縁』としたためていました。『縁を結び、縁を尊び、縁に従う』ということだそうです。 元総理は座禅をするため時折弊社近くの臨済宗のお寺に参内します。 総理在職中も良く来られました。座禅は精神が研ぎ澄まされるのでしょう
悪縁は智恵で排除し、生涯続く良い縁を尊び、それに従いたいものです。
一人暮らしは若い時分は結構楽しいかもしれませんが、有縁でないと将来孤立します。友達の輪が大切です。
EPISODE 18
今から5年ほど前、妙齢のご婦人から会社にお電話がありました。私どもの会社の近くに「良い墓地はございますか」とのこと。Internetをご覧の三鷹の方でした。
ご来社を乞い、近くのお寺さんの墓地をご案内して気に入っていただきました。彼女は最近、ご尊父を亡くされたとのこと。そして、近くの開成高校卒業とのこと。お話を詳しく聞くと、ご尊父は地元のお生まれとのことでした。
はっと脳裏をよぎったものがありました。苗字といい、昔住んでたアパートの大家のおばあちゃんが息子さんのことを自慢しておられました。「創価学会に入りなさい、そうすれば息子のようになる」と。毎夜折伏に来られたのには往生した記憶があったので、「おばあちゃんは学会員でしたか」とお聞きしたら「そうです」と。
「アパートを経営していましたか」とお聞きすると「その通りです」とのお返事。どうしてご存知なのですかと不思議そうな顔をされました。住所を記憶していたのでお話しするとピッタリ。
「あなたの祖母に私は学生時代可愛がられたのですよ」と言うと彼女も仰天しておられました。「おばあちゃんはどこにおられるの?」と尋ねるとすぐ近くのお寺に眠っておられました。
お墓でお祈りをし、「息子さんはすぐ近くにお眠りになりますよ」とお墓にご報告しました。目に見えないご縁を感じご婦人には墓誌を進呈しました。不思議なご縁を感じました。
《荒川区生まれの父を持つ三鷹市在住の方、弊社近くの寺院墓所を求められました。》
EPISODE 19


■「僕は新幹線の運転士です。今は東北新幹線で後輩を教えているのですけど。」
ふと見上げると鴨居の上の額にはコメディアンの三波伸介が親戚一同20人程の中央にいました。
「親戚なんですよ」と。そこで初めて三波伸介の故郷が私と同郷の山梨だと知りました。サラリーマン時代に勤めた会社の上司が所沢の霊園に彼のお墓を作り、何回か彼亡き後のスナックに遊びにいったのが昨日のようです。(三波伸介は当時スナックも経営していました。トイレのドア-がとても大きかったが理解できた。)不思議なご縁です。
《都立小平霊園にあるお墓を修理した方。15年ほど前のお話》
EPISODE 20
インターネットでお墓の完成写真をお送りしましたら
「お墓完成のニュースと写真をありがとうございました。お蔭様で立派なお墓ができ、感謝致しております。10月には帰国します。お寺を訪ねるのが楽しみです。有難うございました。」
とのメールが豪州から届きました。 亡くなったご尊父は元衆院議長だったとのことです。
中野区内 浄土真宗のお寺をご紹介 13年ほど前のお話
(オーストラリア国 某大学日本女性副理事、)
EPISODE 21

こんな近くに立派なお寺を紹介して頂いてありがたく思っています。これで苦労を共にした亡き妻もホッとすると思います。
葛飾区内の真言宗のお寺をご紹介
(葛飾区内 精密機械・機器会社・代表取締役)
EPISODE 22
ウチは良い石屋さんに当たったわ。ありがとう。開眼式にご招待するわネ。
埼玉の高麗川近くのお寺に施工させて頂いた折に。
(文京区内 靴店経営)
EPISODE 23

「こんなに良い環境で墓地代も安くありがたい」とおっしゃったこの方は数年前の暮れ、明日は大晦日という日にに突然電話を頂いた。「まだ営業はしていますか」とご質問。どうされましたと伺うと奥様を数日前に亡くされたとの事。会社は年末休暇に入っていましたが、墓所をご案内して差し上げました。ご主人様は私と同じ年、奥様は50代半ば、人の寿命って本当に一人一人とても不公平ですが違います。ご主人にはご納骨の日取りまで決めてあげましたらとても安心したと喜んで下さいました。
若松町の浄土宗墓所を紹介した折に
(豊島区内 書店経営)
EPISODE 24
お墓は「ご近所の方が求めたもの以上のものが見つかってよかったわ。」
「他所の人によくもてたお父さんも満足でしょう。」と亡くなった旦那様に嫉妬していらっしゃいます。「でも持てる男性とご夫婦だったんだから奥様が一番ですよ」と言って差し上げたらにっこりされた新潟生まれの奥様、いろいろな出身地の人と会いますが、新潟の人はしっとりしていますねぇ-。
−新宿区内の墓所をご紹介−
(足立区内 元会社員の奥様)
EPISODE 25

最初は奥様一人で来社された。お墓が欲しいのだと。別に亡くなった人はいない。将来に備えての生前建墓だとのこと。いろいろご説明してお帰りになった。1週間後旦那さんを連れて再度来店してくださった。 近くの墓地をご案内したらご予約。奥様のお名前で。
終始奥様主導の購入でしたが、契約時、墓石の建立者彫刻の段になると旦那様の名前を彫刻して欲しいとおっしゃいました。内助の功いっぱいの奥様でした。
―近くの日蓮宗の墓地をお求めくださった、足立区の奥様。
足立区からも舎人ライナーすぐ日暮里です。―
EPISODE 26
浄土真宗の墓地がほしかったの。保険に入っていて良かったけど、突然のことで・・・。
子供もまだ小さいので何か困ったらお墓に参ります。立派なお墓ができて嬉しい。
文京区内の浄土真宗墓所をご紹介
(江東区内在住 元会社役員の奥様)
EPISODE 27
『どうして土地の石屋は価格を聞いてもはっきり言わないのだろう。対応も遅いし、人の足元見ているみたいで私は好きでない。私自身その様な仕事はして来なかったからと...』とおっしゃられた東京都大田区の菩提寺に墓地を持っていた自動車販売修理の社長さん。
荒川区の私どもにご注文して下さいました。 完成後社長さんのお母様が一言、「うちのお墓が一番きれいだわ」とほめていただいたのを憶えています。 このお寺は浄土真宗 本願寺派で、今も墓地をご紹介しています。
自動車販売会社社長









